2020/2/25

【vol.10】"筋トレは脳トレ!"筋肉を鍛えてBDNFを活性化

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筋肉と脳は、深く関係しています。筋肉を鍛えれば記憶力や学習能力がアップし、脳の老化防止につながります。そのカギを握るBDNF(※)というタンパク質について、お話しします。 

※BDNF=Brain-derived neurotrophic factor 脳由来神経栄養因子

◆記憶力と学習力を高め"いい頭"をつくるBDNF

筋肉が収縮すると、タンパク質の一部が分離して、アイリシンというホルモンが分泌されます。アイリシンは脂肪の燃焼を促して、基礎代謝を上げる働きがあることで知られています。太りにくい身体づくりに、欠かせないホルモンですね。

さらに近年の研究で、アイリシンは脳に良い影響を与えることも明らかになっています。筋肉から血液を経由して脳に入ったアイリシンが、BDNFを増加させるんです。BDNFとは、脳や血中に存在するタンパク質の一種。認知症予防に必要不可欠な存在として、脳科学や精神医学の世界で注目を集めています。具体的には、以下のような働きが確認されています。

  • 脳の神経細胞を増やす
  • シナプス(※)の形成を促す
  • 記憶力や学習能力を向上させる

※シナプス=神経細胞のつなぎ目にあり、脳内の情報伝達を担っている。

つまりBDNFというのは"いい頭"をつくる栄養分のようなもので、これを増やすには筋肉を動かすこと。よく"運動は脳に良い"と言われるのも、BDNFの働きが大きかったわけです。

◆"物忘れがひどくなった"は運動で食い止める

脳のなかでBDNFがつくられるのは、海馬(かいば)という小指ぐらいの大きさの部位。海馬は"記憶の司令塔"とも呼ばれ、脳に入ってくる大量の情報を取捨選択し、必要な情報を保存する役割を担っています。

海馬は歳を取るにつれて萎縮していきます。そのせいで、記憶障害や認知症のリスクが高まるとされています。"最近、物忘れがひどくなって..."といった高齢者の会話をよく聴くのも、海馬の萎縮が関係しているんでしょう。

だからと言って、すべてを加齢のせいにしてあきらめるのは早い。海馬の萎縮を運動で食い止められることが、明らかになっているんです。アメリカの研究チームが、平均年齢70歳の男女120人を対象に実験を行いました。120人を "運動をするグループ"と"ストレッチだけするグループ"に分けて、1年後の経過を調べた。すると運動を続けたグループは、約2%海馬が大きくなっていた。一方ストレッチだけのグループは、逆に1〜2%萎縮という結果に。被験者が行ったのは軽い有酸素運動だったといいますが、とにかく運動をすれば高齢者でも海馬は大きくなる。記憶力は加齢によって低下する、という常識が覆されたわけです。

※【参考文献】「京大の筋肉」2015年・「京大の筋肉2」2018年 デジタルアーカイブズ(株)

私の研究室でも、少し違った角度から実験を行っています。糖尿病の患者さん14人に、EMS機器で1日40分の電気刺激を週5日、8週間続けていただきました。すると全員の脂肪が落ちて筋肉が増えたとともに、BDNFが大幅に増えていたんです。増加率は平均約110%と、2倍以上にもなっていました。

糖尿病になると、アルツハイマー型認知症にかかるリスクが高まります。実際に糖尿病の患者さんのBDNFを計測すると、低い数値しか出ません。しかしEMSの力を借りれば、認知機能の衰えを防げる可能性が見えてきた。引き続き研究を進めて、病気と闘う皆さんの健康回復に貢献していきたいです。

※【参考文献】「京大の筋肉2」2018年 デジタルアーカイブズ(株)

◆筋トレをすれば誰もが"文武両道"になれる

BDNFは、ウォーキングなど負荷の軽い運動でも増やすことができます。さらに筋トレをして筋肉にキツい負荷をかけると、BDNFとは別にIGF-1(インスリン様成長因子)というホルモンも分泌されます。

IGF-1は筋肉の成長を促すほか、βアミロイドを減らしてくれる。βアミロイドというのは、アルツハイマー型認知症の原因とされるタンパク質の一種。筋トレをすればより一層、認知症のリスクに備えられるということです。

昔から"文武両道"と言われてきました。運動ができる人は、勉強もできるという意味ですね。近年は脳と筋肉のメカニズムが解明されるにつれて、これが本当であることが科学的に証明されてきています。運動ばかりして勉強ができないのは、勉強の時間を取っていないだけ。何事もバランスが大切です。そして"文武両道"というのは、一部の秀でた人だけのものではありません。筋肉を鍛えれば年齢や性別に関係なく、誰もがそのようになれるんです。

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森谷敏夫京都大学名誉教授

森谷敏夫
京都大学名誉教授

1950年、兵庫県生まれ。国際電気生理運動学会、国際バイオメカニクス学会など、多数の学会で会長、理事、評議員を歴任。世界で初めて、筋力増大に対する神経的要因の貢献度を評価した。

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